2022年8月7日日曜日

林寛子「カンコ」

 


此方のブログも久しぶりなので、時代考証抜きにして掲載していきます。


氏名「ニックネーム」画像、全くわからない方も多いと思います。


当時の女性タレント発掘の王道である、オーディション番組にて

なんと第1回のグランドチャンピオンに輝き、歌手デビューを果たしました。

年齢なんと14歳!流石昭和時代の大らかさ(児童何某・・・全く関係なし)でしょうか。

ただ

主催プロダクションが、今思えば70年代初頭までが歌手メンバーのピークと思え

ライバルプロダクションに駆逐された被害者の様な気がします。

ヒット曲もコレしか記憶なく、後はドラマに起用されていくのでした。

標記、続編まで含め約3年間、結構楽しく視聴させてもらいました。

結婚されてしまったのです。日本映画界の巨匠(いや世界規模)のボンボンと。

結局、価値観の違いにて離婚され、後々テレビに復活して見かけることもあったのですが

当時とのギャップが大きすぎて(いろんな経験を積むと女性は強くなるものです)

幻滅するので此れ位にしておきます。


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画像

動画



2020年9月5日土曜日

荻野目洋子「オギノメちゃん」


冒頭の画像意味深ですが
当時世間を賑わした事件を紹介したテレビを録画した画面を拾ってきました。
(掲載者様に感謝)

やはり一家(姉妹)を紹介せざるを得ません。


苗字が印象的ですから記憶に残っている方も多いでしょう。
女優であるの縁で芸能界に関わったと言えます。

妹は歌手としてオーディションデビュ(小学生トリオは知りませんでした)
した次第です。

アイドル黄金期ですから同期も華々しく
新人賞を取った
以前紹介した彼女など
錚々たる面々の中では地味で
翌年発表した代表曲くらいの印象でしょう。

いわゆる地味な容姿なので画像検索した際に
あんな(↑)のを選んでしまいました。

ただ
当時のディスコ(永遠の響き)ブーム真っ只中の曲調の歌は
私のカラオケ定番として光り輝いています。
コレも十八番で正にご当地ソングです。
(今晩!歌っちゃいますが
コロナが心配なのでマイカラオケにて)

最近
バブリーダンス絡みで脚光を浴びて嬉しい限りです。

メディアにて見かけることが増え
踊り・声・容姿は素晴らしいので
いつまでも現役で頑張って頂きたく。
(年下なのに・・・)


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画像

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2018年9月22日土曜日

柏原芳恵「よしえ」


冒頭画像
やはり雑誌のグラビアを選んでしまいます。

右上に書かれているのコメント
昭和時代を象徴していて恥ずかしい限りです。


王道出ですが
今更ながら並んでいるメンツをみると
当たり外れがあり当時の競争の激しさを感じます。

ニックネームのよしえ
いつかから名前が漢字になったので敢えて載せました。


前回紹介した同じ大阪出身の同期とは雰囲気が逆で
愁いを帯びた佇まいで存在感を魅せていました。

80年デビュー女性のNo3でしょうか。
3番目の立ち位置キャラなのでしょう。

これ此れが代表曲
当時はシングル発売の間隔が短いので
結構レコード出していたのですね。

ですが
徐々にフェードアウトし
自慢の?を駆使しグラビア系へ・・・
女性タレントの最後の砦までたどり着くのでした。


最近もたまに見かけますが
容姿があまり変わらず
妖艶さが加わり流石と言えます。


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画像

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2017年9月3日日曜日

河合奈保子「秀樹妹」


画像の通りいわゆる!です。
多分No.1でしょう。
(此れくらいにしておきます)

ニックネームの様にオーディションにて大阪より発掘?され
デビュと相成りました。
女王と同期になります。

本年はアイドル興隆の初年である1980年(昭和55年)
錚々たる面々が並んでいます。

ただ時代の申し子と言うべきか
後に話題を提供するの事欠かない方々です。

キーワードを紹介すると
妊娠
電撃引退
自殺

等等

まあ
誰がどれだかは
探してみて下さい。


ご本人の紹介に戻りますが
純真なイメージそのままに
そこそこのヒット曲を発表していきますが
次々にデビュする個性豊かな後輩に飲み込まれ
フェードアウトしていきます。

知らないうちに結婚し引退したと思っていましたが
芸能活動休止中らしくがデビュしたそうです。


詳しくは下記にて・・・

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2017年4月30日日曜日

榊原郁恵「ナッキー」

冒頭画像
やはり水着グラビアになってしまいます・・・


アイドル史草創期の70年代にて
王道の登竜門はオーディションと言えるでしょう。

スタ誕などテレビ局主催が第一世代だとすれば
芸能事務所(昨今はプロダクション)主催は第二世代になります。

当時業界を牛耳っていたナベプロに続き
これまた第二世代のホリプロダクションが自ら主催する
の第一回優勝者です。

(キーワードとリンクの微妙な差わかる方いらっしゃいますか?)



最近のSMAPジャニーズ事務所独立騒ぎ等
この辺のネタで新たな派生ブログ立ち上げるか??



本題に戻ります。


ある意味成功を約束されていたはずですが
事務所の思い通りいかないのが面白いモノです。

本業の歌手では記憶に残るのは1曲
ニックネームでのドラマくらいでしょうか。

これまた事務所テコ入れのミュージカルに主演
7年続いた次第です。

ご結婚され家族を設けましたが
現在うまくいっているのか定かではありません。


何かマイナスイメージの内容になってしまいましたが
個人的にはファンだったのでお勧めです。


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2017年1月28日土曜日

アグネス・チャン「陳 美齡」


昨今の韓流ブームに先立つこと40年前
台湾にて先生に見出され
日本に来られたアジアの開拓者(パイオニア)と言えるでしょう。

当時を知っている方なら判りますが
日本のアイドル歌手には無い純真さが新鮮だったのでしょう。

これまた!モノマネネタで定番のデビュー曲を口ずさんでしまいます。

ただ、この方芯がしっかりとした人だったので
創られたイメージとのギャップに我慢ならず?
日本の大学に入りその後留学するのでした。

研鑽を積まれた後、芸能活動に復帰しましたが
ボランティア活動を始めたことにより
後の人生の道筋をつけたのでしょう。

マネージャと結婚、事務所を構えて
子宝にも恵まれ
着実に歩みをすすめています。

なんて
書き綴りましたが
アイドルとしての面白みは無く
以上とします。

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2016年12月4日日曜日

岡田奈々「チーム4」



此方のブログも原点回帰にて
記憶に残る方を年代が古い順に紹介していきます。


ニックネ^ムは当然!冗談です。
同姓同名なのですからご両親は当然意識して命名したのでしょう。


さておき
本題に戻りますが
冒頭の憂いある表情
歌手デビュ後のアイドル時代を経て
女優になった頃の写真集からです。


この方も
やはり、あの事件!!を忘れることが出来ません。

Wikiを読んでビックリしましたが
住所がはっきり記述されています。

当時はプライバシーなんて単語はなく
ストーカーも犯罪者とは思われていなかったのでしょう。

おおらかで良い時代だったとつくづく感じてしまいます。


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