2017年1月28日土曜日

アグネス・チャン「陳 美齡」


昨今の韓流ブームに先立つこと40年前
台湾にて先生に見出され
日本に来られたアジアの開拓者(パイオニア)と言えるでしょう。

当時を知っている方なら判りますが
日本のアイドル歌手には無い純真さが新鮮だったのでしょう。

これまた!モノマネネタで定番のデビュー曲を口ずさんでしまいます。

ただ、この方芯がしっかりとした人だったので
創られたイメージとのギャップに我慢ならず?
日本の大学に入りその後留学するのでした。

研鑽を積まれた後、芸能活動に復帰しましたが
ボランティア活動を始めたことにより
後の人生の道筋をつけたのでしょう。

マネージャと結婚、事務所を構えて
子宝にも恵まれ
着実に歩みをすすめています。

なんて
書き綴りましたが
アイドルとしての面白みは無く
以上とします。

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動画

2016年12月4日日曜日

岡田奈々「チーム4」



此方のブログも原点回帰にて
記憶に残る方を年代が古い順に紹介していきます。


ニックネ^ムは当然!冗談です。
同姓同名なのですからご両親は当然意識して命名したのでしょう。


さておき
本題に戻りますが
冒頭の憂いある表情
歌手デビュ後のアイドル時代を経て
女優になった頃の写真集からです。


この方も
やはり、あの事件!!を忘れることが出来ません。

Wikiを読んでビックリしましたが
住所がはっきり記述されています。

当時はプライバシーなんて単語はなく
ストーカーも犯罪者とは思われていなかったのでしょう。

おおらかで良い時代だったとつくづく感じてしまいます。


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2016年9月17日土曜日

松本ちえこ「チーコ」



前回にひきつづき
マニアックですがお付き合いください。


水着姿が続きますが
当然の流れと言えるでしょう。

今思えば
グラビアアイドルのオリジンだったのでしょう。


デビューから泣かず飛ばずでしたが
冒頭掲載画像の
CMにてブレイクしました。

商品名
CMソング口ずさめる方
流石ですね。


さらに
例の事件にて衝撃的な運命を迎えます。

にっかつロマンポルノ

知らんでしょうな・・・


昭和時代を痛感します。


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2016年8月7日日曜日

木之内みどり「TAKENAKA」


この方
知っている方すくないでしょう。

70年代ですから自ずと世代がわかってしまいます。


個人的にはベストです。
やはり水着姿を紹介せざるを得ません。

ブロマイド(知らんでしょうな)買いに行った記憶がありますが
飛ぶように売れていたそうです。

↑昭和の言葉の響き!って今更ながら痺れてしまいます。

歌唱の方はからっきしでしたが唯一のヒット曲
今でも口ずさめるの流石ですね。

しかし
あの事件には幼少ながら本当にショックを受けました。

まあ
あいつに騙されたのは明確で
いや本能の赴くままに行動する野獣に出会ってしまったのですね。

その後の人生の顛末は伏せて起きます。
ある意味驚きますがこれが芸能人と言えるでしょう。


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よく似た名前の方がたまに混ざりますが全くの別人ですので御注意)

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2016年6月5日日曜日

浅田美代子「美代ちゃん」


アイドル草創期を続けます。


紹介した王道の3人組2ペアに比べれば地味かも知れませんが
息の長いタレントになりました。

きっかけは当時よくあった街頭スカウトですが
人気ドラマオーディションの難関に見事合格!
デビューと相成りました。

錚々たる面々の中でちょっとカワイイ女の子っていう感じが視聴者の好感を呼び
劇中歌のあの曲を忘れることは出来ません。

ただ
あまりの?さでしたが歌手としてシングル・アルバムを発売していく強引さ
それを買うファンの心理
良い時代だったと言えるでしょう。

その後、皆さんご存知の通り
ドラマ競演がきっかけでと結婚!引退されました。

これで短い芸能生活(約4年)が終わるかと思えば
お決まり??の離婚を契機に復帰されるのでした。

歌は当然無理ですから女優として新たな船出をスタートします。

この方は天然キャラ(当時そんな単語はありませんが)の元祖と言われています。
最近でもバラエティでよく見かけるので言動はご存知でしょう。
Aとの絡みは絶妙です。



最近キーワードをリンクするのにハマっている次第です・・・



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2015年12月13日日曜日

桜田淳子「ジュンペイ」?


Wikiでのニックネームを掲載しましたが
聞いたことが無いので?としました。

さておき
花の中三トリオ(後の高三トリオ)の一翼の紹介です。

冒頭の画像も
当時を知っている方なら当然ご存知の
モノマネネタで定番のあの曲イメージです。

今思うとこの方
アイドルの王道を歩むべく

スタ誕でトップ当選?
デビュー曲より順風満帆
3人の中では突出したグラビア掲載
8時だョ!全員集合でのコメディーセンス(今風に言えばバラエティ感覚)

所属事務所の今後の繁栄を道付けた
功労者と言えます。

後に
80年代アイドル女王を排出するのでした。


褒め称えましたが
あの事件?にて或る意味地に落ちるのでした。


とは言え
ご本人は幸せな人生を送っているのか
20年振りに感謝イベントを行ったようですが
真意は不明です。


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最後に
男性女性アイドルトリオを取り上げてきましたが
No3はオマケなので割愛します。
悪しからず・・・

2015年10月4日日曜日

山口百恵「三浦 百惠」


冒頭の画像は
大体デビュ当時の初々しいモノを選ぶのですが
この方は何故かファイナルコンサートのソレを掲載しました。

当時の芸能界にて歌手の登竜門であるスター誕生!にて準優勝
影響力の或るホリプロダクションよりデビュし
事務所・レコード会社の販売戦略に世間のニーズがマッチし
スター街道を驀進していく運命を背負っていきました。

地味な容姿・態度と歌詞のギャップが新鮮だった!
と言われています。

確かに当時の中学3年生ですから幼いと想像されますが
きらりと光るダイヤモンドの原石のようだったのでしょう。

80年代での中森明菜のキャラのオリジンといえば判り易いかもしれません。

歌謡に絡めて女優としてのキャリアも重ね
人生を共にする伴侶と出会うのもこれまた運命
だったと言わざるを得ません。

赤いシリーズのテレビドラマにおける父親を実と思い
世間から見れば複雑な家庭環境という背景があるにも関わらず
ひたむきに仕事に取り組む人柄が魅力的なのでしょう。

自らの意思で結婚・引退という道を選ぶ際
「我儘な…生き方を私は選びました」というセリフ
嘘偽りのなさを確信出来ます。

引退後は一切マスコミには関わらず
決めた人生を全うしていく姿
潔さの極みでしょう。